インプットとアウトプットのこと。

2021年4月29日5分で読めます,心理

こんばんは、ひみのブログへ来てくださってありがとうございます!

今日でこのブログを開設してからちょうど1か月となります。
「毎日更新が目標」などと、最初は意気込んでいましたが、1か月経過してみて分かったことがあります。
「無理~!!」でした(苦笑)。アウトプットって難しい。

最近気になるワードである「インプットとアウトプット」。ちょっと考察してみたくなりました。
もともとはコンピューター用語だそうで、「インプット」は「入力」、「アウトプット」は「出力」を意味します。

ノートパソコンと情報

コンピューターを人間に置き換えてみると、情報などを自分のなかに取り込むことを「インプット」といい、一度自分のなかに取り込んだ情報を外へ向けて発信することを「アウトプット」と呼ぶのだろうと私は解釈しています。

言うまでもなく人は常に、インプットとアウトプットを繰り返して生きています。

このコロナ禍で、多くの方も同じだと思いますが、今まで当たり前にしていた対面コミュニケーションが激減しました。昨年は、今までのインプットとアウトプットのバランスが崩れた1年でした。

まず、友達と食事に行ったり飲みにいくことが減りました。これが一番の痛手です。友達と会うと、イン&アウトが同時に起きるんですよね。

友達の話に耳を傾け、心を開き、聞くことはインプット。
自分のこころにあるものを整理しながら話すことはアウトプット。
これは人間にとってはとても大切なプロセスだと思います。

会社でも、出社率を30%以下に抑えているため、出社しても人はまばらにしかいないし、段ボール製の枠にビニールを貼ったパーテーションがいたるところにそびえ立っていて、座っていたら誰が出社しているのかもよく分かりません。

在宅勤務のチームメンバーとスカイプで会話して(それも入力して会話する方が主で、声を出しての会話は急ぎの用事のときだけ)、お昼はお弁当を一人で食べて、定時になったら小さな声で誰にともなく「お疲れ様でした~」と言ってまっすぐ家に帰ります。

直接しゃべる相手は、子どもたちだけ。両親は近くに住んではいるけれど、感染リスクを考えてなるべく会わないようにしていましたし、私には配偶者がいないので、本当に子どもたちだけです。

間隔を開けて植わっている木
お隣さんはけっこう遠い。

ですが、コロナ禍の始まりの頃は、人と会わないことやしゃべらないことが、そんなに「辛い」とは思わず、むしろ「在宅勤務は朝ゆっくり起きれるし、お化粧や髪型も気にしないでいいし、人と会わなければ感染の心配もないし、気持ちが楽だな~」と思っていました。

「今だからできることをやろう!」と漫然と映画を見たり、漫然と映画をみたり、そして漫然と映画を見たりしていました。(海外ドラマは罠…)

ですが、さすがに1年続くと、飽きてきます。

面白いはずの映画を見ながらも、心のあちこちに、よく見ないと気付かないけれどいったん気付けば灰色のシミのようなものがぼやっと増殖しているではありませんか。

これは・・・いかんな。 そう思いました。

このままではいけないと思っても、この状況はまだ続きそうだし、どうしてくれようか…灰色のシミたちは日に日に少しずつ大きくなってはくっつきあって、こころのきれいな部分の面積を占領していっているようです。

小さなたくさんの泡
こいつらが…。

悪いことをしているわけでもないのに、心は正直なんですよね。
心が曇っていくのは、インプットの「質」が良くなかったんだろうなと今は思います。

もっと色々とできたでしょうに。
漫然と映画をみることも、悪いことじゃありませんし、映画や動画で有益な情報を得ることだってゼロではありません。でも、もっと他にもあったでしょうに。

たとえば、本を読む。私は、決して本が嫌いな訳ではありません。ですが、読むのが下手なんです。

「本は、集中して、邪魔されずに読みたい」という気持ちが気軽に本を手に取ることを遠ざけています。
子どもがいたって、家事の合間にだって、たくさん本を読んでいる人がいることも知っています。
だから、そこに改めて気付けたということで、これからは興味がある本、気になった本、好きな人が好きな本などを前のめりに読み倒していきたいと今、思います。

Input, process, output
入力して、処理して、出力する。

ブログを書くことは、アウトプットの一つかと思うのですが、質のいいインプットがなければ、質のいいアウトプットもできないんですよね。

人と会えなくなり、アウトプット不足を感じて開設したブログなのに、ここ数日、ブログに書くことがなくて途方にくれていました。その時に、あぁ、アウトプットできないのは、わたしの中に今なにも出せるものがないからだ、と気付きました。

気になる本を抵抗なく手に取って、上手に読んで、情報や気持ちの動きを発見することは上質なインプット。
友達と実際に会って、相手の話を聞くことも上質なインプット。
散歩にでかけ、移り行く季節を目で、肌で感じるのも。
子どもたちを注意深く観察して、その心を感じるとることも。

ひとつひとつのことは、大きなことではないけれど、それをどう扱うかによって、入ってくる情報の量も質も変わってくるのだと思います。

最後に、一つ。

私はすぐに忘れます。映画を見ても、本を読んでも、そのディテールはおろか、大筋のストーリーでさえ、すぐに忘れてしまうという小容量メモリーが内蔵されています。
仕事などでは大切なことは忘れないように働くメモリーなのが摩訶不思議なのですが。。。

だから、良質なインプットが消えてなくならないうちに、素早くアウトプットすることを心がけたいと思います。

「忘れる」ということは、悪い面だけでなく、人の精神にとってとても良い面もあると聞きました。
いつか「忘れるということ」についても記事にしてみたいなと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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2021年4月29日5分で読めます,心理

Posted by ひみ