「環境ガチャ」、当たり・ハズレ・だるま?

5分で読めます,LGBT,心理,日記

少し前に、SNSのタイムラインを見ていたら、きっと私のことを言ってるのだろうなっていう投稿を目にしました。

ガチャのカプセルを持つ子どもの手

その方はトランスジェンダーで、子どもの頃の家庭環境にも運がなかったし、大人になってからもトランスジェンダーであることで苦労が絶えない。

子どものうちから親と一緒にジェンダークリニックを受診したり診断書もらえたりする子もいるというのに本当に自分はついてない、といった内容だったと思います。

ご自身の環境を嘆く感じの投稿で、それに同意した何人かの人のコメントもありました。

それを見て、わたしはハッとしたんですよね。

私の記事を読んで、ご自分のことを不幸っぽく思う人がいることを今まで想像してこなかったな、と。

LGBTシリーズの第一話を投稿したときに、SNSで一番にコメントをくれた方もLGBT当事者の方で(40代FTM)、

「娘さん、心配ですね。がんばってくださいね。」といった励ましのコメントだったこともあり、私は「先輩、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」とすごく心強く感じました。
ほぼ私と同年代の方なので、あの昭和の時代をLGBT当事者として生きてきたということ、そして大人になった今、そうして私にあたたかい言葉をかけてくれること、嬉しかったです。

それからも何人かのLGBT当事者の方とSNSでつながることができて、私からコメントすることはあまりないけれど、タイムラインに流れてくる彼らの投稿をおおかた楽しく見させてもらっていました。

「おおかた」楽しくです。

これは、私の感じ方なのですが、年齢が若い子ほどやはり自分の力だけではどうにもできない問題を多く抱えていて、年齢が上がるほどに、みなさん自分の努力でしあわせな現実を手に入れられているといった印象です。

若い子のなかでも、しっかりと現実を見つめて、その中で今できることや今後どうするのかを一生懸命考えている子もいますし、大人でもなんか変なのって思った人もいますよ。

それはLGBT関係に限らず、そう思います。

その中で、10代前半のぽん(13歳娘・FTM)と同年代くらいの子が親にも言えず、一人でかかえているのを見るのは、決して「楽しく」はないので、「おおかた」と言いました。

ただでさえ思春期、身体とこころが急速に発達しているさなか、心身のバランスが崩れがちなうえに性別違和があれば、毎日生きていてくれるだけでありがとうと思います。

そこに不遇な家庭環境、友人関係などが加われば、もう毎日が地獄ですよね。

愚痴りたくなる、その心情は想像できます。

だから、SNSで愚痴ってもいいんだとは思います。

その投稿に、「私もだよ」というコメントが付けば、「自分だけじゃないんだ」って心強く感じますよね。

そしてまた明日生きていく気持ちになれば…

なのですが…

私はその投稿を見たとき、ハッとして、私が親としてぽん(13歳娘・FTM)にしていることが人を嫌な気持ちにさせていたんだ…って思いました。

じゃあ、私はこれからどうしようかなって考えました。

しばらく、考えました。

その投稿者が何歳の人なのか、分かりません。

もしかしたら、本当に見たのではなく、夢だったのかもしれないです。そこは、記憶が曖昧です。

そして、思いました。

私はこれからもぽんを応援することに変わりないと。

日々、少しでも生きやすくなるような環境を作る手伝いができるのならば、やろう。

そこが揺らぐことはありません。

「環境ガチャ」という言葉があるようですが、つまり、自分が生まれた環境はガチャのように当たり・ハズレがあり、自分で選べるものではなく、外れを引いたら一生不幸だということらしいです。

でも、ほんとうにそう?

今、この時代の日本に生きてて、ほんとにそう?

「外れを引いたら一生不幸」と思っている限り、その通りの現実を生きることにならないかな?

とはいえ子どものころは、環境がすべてのような気がしています。

18歳以下だと、自分ひとりじゃどうにもできないことがたくさんあると思う。

でも、18歳になれば、あとは自分の責任ということで、ものごとを選んでいくことができる。

20代前半くらいまでは私も「環境ガチャ」で言えばハズレって思って生きてました。

でも今の私は、ハズレでもなかったなって思っています。

ハズレって書いてあるカプセル開けたら、だるまが出てきて、20代半ばに左目を黒く塗り、今は右目も塗って両目が入ってます。

今の私は、自分の選択の結果。

小さなこと、例えば毎朝起きてごきげんでいるのか、ムスっとするのか。

そんな小さな選択の連続の結果が、今の私です。

小さなころに受けた心の傷が深すぎて、その後大人になってもずっとずっと傷が癒えないでもがいている人たち、もがく力も失った人がいることも知ってる。

そのような人たちに対して、「さあ、18歳だよ!好きに生きてみなよ!」ということは無理だし、そんなこと思うこと自体が残酷なことも知ってる。

大人になってから新しく深い傷を負うことだってある。

だから、その投稿者の人も、もしかしたら本当に深い深いところにいるのかもしれない。

人が読んで嫌な気持ちになる可能性があることを一切書かないというのはお互いに、誰にとっても、やっぱり無理。

人の人生のなかには、数えきれないほどの「経験」が詰まっていて、どれ一つと同じものはなくて、人口をそれにかけてみる(経験×人の数)と、とんでもない量のきらきらした美しい光と、同じくらいの恐ろしい影が宇宙に存在しているのだから。

宇宙に手を伸ばしてどこの部分をどれくらいすくって自分のこころのなかに入れるのか。

日々のなかで、SNSを見てるとき、人と話すとき、本を読むとき、選択し続けていたい。

できれば好きな人たちを幸せにしたい。

究極、死ぬときに笑って死にたいというただそれだけです。

とりとめのないものを、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ランキングに参加しています。クリックいただけると嬉しいです。

ブログランキング・にほんブログ村へ

5分で読めます,LGBT,心理,日記

Posted by ひみ