娘が「男の子」になる日まで②~病院のベッドの上で娘が話してくれたこと~

2021年4月29日5分で読めます,LGBT,子ども

こんばんは。今日から2月ですね。如月(きさらぎ)。響きが素敵だなぁ。

さて今日は、娘が「男の子」になる日まで②~病院のベッドの上で娘が話してくれたこと~として、娘がある日学校で給食を戻して保健室で休んでいる間に急に歩けなくなり、入院したお話の続きです。

🍀過去の記事です。合わせてお読みください。
娘が「男の子」になる日まで①~急に歩けなくなった日~

入院翌日、下の子を小学校へ送り出してから病院へ行きました。

娘にはキッズ携帯を持たせていたので、お菓子や本など、リクエストを聞いて差し入れしました。

ベッドの横にある丸椅子に腰かけると、「こっち来て~」とベッドに入るように娘に言われるので、ほぼ毎回、娘と一緒にベッドに横になって話をしたり、ただぼーっとしたり、うたたうねしたりしていました。学校では運動会で応援団長に立候補したり、部活には入っていないけれど学校生活もお友達関係も楽しくやっているように私は見えていました。

学校の教室

今思えば、自分の身体と心の不一致に違和感を感じながらもどうしていいのかも分からず、当たり前に「女の子」として扱われることが辛かったんだろうな。4歳下の弟に、しょっちゅう「いいな~ち〇ち〇あって」と言ったり、「あ~男になりたい!」とはっきり言ったこともあったと思います。でも私は聞き流しちゃってました。

「制服のスカートがいやだなぁ。」とベッドでゴロゴロしている時に娘は言いました。入院したのは11月初旬で、春には中学校入学を控えていたのです。進学する中学校は公立の中学で、男子も女子も上はブレザー、下は女子はスカートで男子はスラックスです。

小学校6年生の春の衣替えの時期に、娘自身にいるものといらないものを決めてもらうと、すべてのスカートやワンピース、ピンク色などの服は「いらない」分類に分けられました。その時にも、私は深く考えませんでした。「もったいないな、まだ着れるから会社の同僚のお子さんにあげよう。」くらいしか。。

「スカート3年間も無理…絶対無理…スカートなら学校行けない…」と娘。それで私は初めて娘が本当に「男の子」になりたいんだなって察したのです。

No.

「〇〇、男の子になりたいの?」と聞くと、「うん。なりたい。男の方がなんか自分って気がするんだよね」と言いました。へぇ、そうだったんだね。ちょっとびっくりだけど、べつにそれは娘が悪いわけでもなんでもないし、ただ「そう」だということを受け止めました。

「スカート嫌かぁ、それならズボンを履いてもいいかどうか学校と話してみるね。」と私は言いながらその場でネットで制服事情について検索してみると、今は女子でもスラックスを履いていい学校もあることが分かりました。昔と違うんだな、と感じました。LGBT、性同一性障害の生徒に対する学校(教育委員会)の対応が、進化しているようです。

娘の足が動かなくなった原因について、私はこの会話をした時から、きっと身体的要因ではなくて、心理的要因だろうなと感じていました。話しやすくて優しい雰囲気の担当医の先生にも、たぶん性自認、自分の性に対する違和、これからの将来への不安などがストレスとなったのではないでしょうかとお話しました。

先生は理解を示してくださいましたが、それであったとしても、念のためひととおり身体的要因は探っておきましょうということになりました。心理的要因だと決めつけてしまったばかりに、重大な身体の病気を見逃してしまうリスクを避けるためです。私も娘もそれには同意しました。

病院

血液検査、MRIは異常なし。その次は、髄液検査です。実は、主治医の先生と担当医の先生と私の3人で、「歩かせるための作戦」を立てたのです。

その作戦は、「髄液検査は痛い検査」ということを強調して、「歩ければ痛い検査をしなくてもよくなる」という状況を作り、私に話したことで少しはストレスが軽減しているであろう心理に対して発破をかけ足を動かすというもの。

娘が打ち明けてくれたおかげで、次に取るべき行動が分かりました。制服のことは早速手配を開始する。女の子だから娘なのではなくて、男の子でも娘は娘、変わりないし、母としては一番の希望は娘が幸せに生きて行ってくれること。その部分は最初から揺るがずにありました。
だから、そろそろ入院して1週間経つし、歩いてもらいましょう、ということです。

会議する大人たち
作戦会議

そして、髄液検査当日の朝、娘からメッセージが着信しました。

「歩けたよ~~」…見事、作戦は成功しました。「やった~~」と返信し、心から安堵しました。

正直、髄液検査でなにか歩けない原因が分かったらどうしよう…と心配する気持ちも少しありました。でも、その時はその時だよねと思っていました。

翌日も変わりなく歩ければ退院ということになりました。すぐに病院に行き、歩いてるところを見せてもらいました。ちょっと感動しました。。歩けるということがこんなにもすごいことだなんて。

続きは、スラックスの制服を許可してもらえることになったいきさつ、娘が「男の子」になる日まで③~中学校への手紙~を書きますね。

下の写真は、娘が小5くらいの時にプレゼントしてくれた塗り絵です。実は、そのころからすでに、感じていたけど言えなくて、こんな形でわたしに伝えようとしてくれてたんだよね。ちょっといじらしくてかわいくないですか?

小さく訴えが書かれた娘の絵
小さなメッセージ
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2021年4月29日5分で読めます,LGBT,子ども

Posted by ひみ